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チュチマ社の歴史をさかのぼると、ドイツ時計産業の父“フェルナンド・アドルフ・ランゲ”の功績に巡り合う事ができる。チェコとの国境近くに位置する“グラスヒュッテ”は1450年代には銀の採掘で活況を呈しながらも度重なる戦争の影響で寒村への道を辿り始めていた。そこに現れたのがドレスデン出身の時計職人“ランゲ”だったのである。彼はこの地で時計産業を発展させるべく1845年に工房を開設し若者に時計製造の教育を施し、少量生産で品質を追求する製造方法を貫き、ドイツ“グラスヒュッテ”の名を世界に知らしめたのだ。その後ドイツの時計産業は大戦や国内の悪化した状況の中、分裂、連合を繰り返しながらも、ランゲの技術と精神は存続・継承され“ドクター・エルンスト・クルツ”によって1927年に、ラテン語で“精密”を意味する“TUTUS”に由来する社名の「TUTIMA(チュチマ)」が誕生したのだ。1941年にはドイツ帝国軍の開発依頼を受け、キャリバーUROFA 59を使用したリストクロノグラフが開発された。TUTIMA社の名を世界に知らしめたフリーガークロノグラフの誕生である。そしてこのモデルは世界初の制式軍用時計となったのだ。その後、販売責任者であったディーター・デレカーテが今日のチュチマ社を継承し続けている。デレカーテは戦後の低迷していたドイツ時計産業を復興させた第一人者として「ドイツの巨人」とも呼ばれ、西欧においてその知名度は抜群に高いのである。


第二次世界大戦当時、ドイツ空軍の若いパイロットたちにナビゲーションの理論を教えている教官の腕には、グラスヒュッテ・チュチマ社のフリーガークロノグラフが見える。

狭いコクピット内でパイロットたちと運命をともにしたフリーガークロノグラフ。当時世界でも最高の精度を誇っていたキャリバーUROFA 59を搭載。機構面、意匠面などさまざまな要素で高い完成度を誇ったチュチマのそれは、戦後の軍用時計開発に多大な影響を与えたといわれる。





1941年、ドイツ帝国軍に制式採用されたオリジナルモデル。キャリバー59を搭載したフリーガー・クロノグラフは、−10℃〜+40℃の環境において日差−3秒〜+12秒の精度を保証し、16石、直径34ミリ、対衝撃機構、防水性能を備え、通常のクロノグラフ機能に加えフライバック機構を持っていた。現存する数が極めて少ないため、コレクターのあいだでは高値で取引されている。また赤く塗られたリセットボタンが付けられたモデルは更に希少とされている。(参考品)



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